馬の足公園

平成9年、東和町中山間活性化事業補助金を活用し、地権者の協力を得て、地域農村公園として整備完成した。ここは往古より景観豊かな場所であり、渓流中の不動滝や清流を好む淡水魚や蛍などの水中生物が多数生息していて、公園化により地域の人々はじめ市民の憩いの場として広く利用されている。特に、渓流中に「馬の蹄(ひづめ)の跡」のついた大岩があるが、これは大同年間(806~808年)、坂上田村麻呂征夷大将軍が、鱒渕馬頭観音一山建立の時、地景巡見したが、将軍の名馬「郷黒(さとぐろ)」が残した蹄の跡と伝わり、ここの地名「うまのあし」の基になったという伝説の地でもある。

また公園向かいの小高い山に塚がある。この塚は「馬ノ足塚」と呼び、直径4メートル、高さ1メートルの円墳状に造られた中世の塚である。塚の周りを42基の※板碑(いたび)が並ぶ。この板碑は、元徳3年~延徳2年(1331~1490年)までに立てられたものである。鱒渕地区では同様の板碑がここ以外にも残されていて、この地区が中世には武士等支配者階級の人たちが居住していたことが考えられる。 

※板碑(石の卒塔婆(そとば))とはいたひ、ばんぴとも読む。鎌倉時代(1250年頃)から室町時代(1470年頃)が造立の最盛期。石造りの卒塔婆である。死者の追善供養、生前に建てる逆修(ぎゃくしゅ)供養がある。岩手県南、宮城県北にある板碑の多くは、ほとんどが石巻の稲井石で造られている。

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>「米川の水かぶり」

「米川の水かぶり」

2018に世界無形文化遺産に登録されたこの行事は毎年2月の初午の日に五日町の男たちによって行われる奇祭である。宿の菅原家で藁のしめ縄を各自で作り、裸に藁で作った水かぶり装束を身に着け、顔にすみをぬった男たちは、一斉に宿を出て大慈寺の火伏せの神である秋葉山大権現に参拝し、神の使いに化身する。

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