鳩岡城跡

葛西の家臣、亀卦川小四郎信明が、応安2年(1360)狼河原城主となり、采地300余貫を賜わった時から、天正18年、米谷修理が亡びるまで230年続いた。南北500m、東北200mと東和町一の大規模な山城である。

本丸、二の丸、三の丸と空堀で守られていて二段目の段は本丸の周囲をめぐり、馬場に使用されていた。尚、現在もこの段の東側に井戸跡が残っており、本丸北側に大同桜という古桜が植えられている。

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「米川の水かぶり」

2018に世界無形文化遺産に登録されたこの行事は毎年2月の初午の日に五日町の男たちによって行われる奇祭である。宿の菅原家で藁のしめ縄を各自で作り、裸に藁で作った水かぶり装束を身に着け、顔にすみをぬった男たちは、一斉に宿を出て大慈寺の火伏せの神である秋葉山大権現に参拝し、神の使いに化身する。

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