後藤寿庵の碑

寿庵は、伊達政宗に仕えたキリシタン武士で水沢の福原に1,200石を領していた。元和9年(1623)キリシタン弾圧に耐え切れず、その地を捨て南部領に逃れた。

その後行方は不明だったが、寛永初めに現在の北上沢に隠れ住んでいたが、やがて西上沢に移り今の後藤家を立てた人と同家に伝わってきた。

何年後か訴人があり、役人によって家の前のこの場所において成敗になったと秘かに同家に語り継がれてきた。

当然墓は無く無名の石が墓じるしとして立てられていたが、今は後藤家旧墓地に移され供養されている。大きな「寿庵の碑」は昭和27年に建立された供養碑である。

米川

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>「米川の水かぶり」

「米川の水かぶり」

2018に世界無形文化遺産に登録されたこの行事は毎年2月の初午の日に五日町の男たちによって行われる奇祭である。宿の菅原家で藁のしめ縄を各自で作り、裸に藁で作った水かぶり装束を身に着け、顔にすみをぬった男たちは、一斉に宿を出て大慈寺の火伏せの神である秋葉山大権現に参拝し、神の使いに化身する。

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