里山遊び講習会を開催しました

8月26日(月)『森遊びの達人に学ぶ 里山遊び講習会』を開催しました。
米川地域の地域資源を活かして、子供の自然体験活動を行うのを目標に、まずは地域の人々で、遊び場や遊び方を発掘しようという企画です。講師には群馬県川場村から「NPO法人あるきんぐクラブ」の竹内成光さんをお招きしました。

日中は地域内をフィールドワーク。
このあたりで最も高い山『蚕飼山(こがいさん)』の山頂から地域を見渡しました。

蚕飼山山頂

周りは山・山・山。

蚕飼山山頂から望む景色   蚕飼山山頂から望む景色 蚕飼山山頂から望む景色

蚕飼山山頂より望む米川の町

米川の中では比較的広い平野部が下の方に見えます。
ちなみに、家や店が集まってる地区は「町」、田んぼが広がる地区は「四十田」と分かりやすい地名が付いています。

蚕飼山山頂から海を望む

こんな山に囲まれていながら、東の山の向こうには海が見えます。
(分かりますか?)

「尾根をぐるっと周るトレイルランをやったら」という案も出ました。

その後、方々見て歩きました。

東和国際交流センター 及甚と源氏ボタル交流館の周辺 華足寺境内 華足寺境内 鱒淵川 馬の足公園 

 

夜は「遊びの原風景ワークショップ」を行いました。
遊びの原風景ワークショップ

二人一組のペアになって、一人が「自分が一番遊んだ頃の遊び」を思い出して話し、それをもう一人が絵と字で描くというものです。これがなかなか盛り上がりました。

米川鱒淵地区のKさんの1973年頃の遊び

この方、ムササビやコウモリを捕って遊んでいたようです。すごいものが捕れますね。
「洞穴探し」とありますが、このあたり金山が多くあったそうで、その跡の洞窟に入って遊んだという話は多くの人から聞きます。

ほとんどの家が川や沢沿いにある地域だけあって、やはり遊びに関しても川の存在感が大きいです。川をせき止めて泳いだり、凍った川でスケートしたり、魚を捕ったり。
魚捕りの方法は「やすで突く」「ざるですくう」だそううです。すばしっこい魚をやすで突くとは、昔の子どもたち(というかここのおじさんたち)はすごい身体能力と生命力です。
1939~1942年の頃の遊びを語ってくださった方(当時小学校3~6年生)は、たいまつを焚いて魚を捕ったそうです。もはや、子どもの遊びの域を超えています。

たいまつ 図16

 

更に講師の方から、いくつかのお話をしていただきました。
そのうちの一つ『二つの震災後に「これは大切」と気づいたこと二つ』。それは「どんな環境でもうんこができること」と「たき火ができること」だそうです。
阪神淡路大震災では水洗トイレが使えなくなり、うんこができなくて非常に困った人がいました。東日本大震災では波をかぶって冷え切った体を火を焚いて温め、命拾いした人々がいました。
講師の方主催の13泊14日のサマーキャンプでは、子どもたち自ら穴を掘ってトイレを作り、全食薪でごはんを作っているそうです。そのような経験は子たちの生きる力を大いに育むでしょう。
米川には汲み取り式トイレの家が数多く残っています。こたつに炭を焚いて暖を取る人、風呂を薪で沸かす人もいて、生活の中で火を焚くことが現役として残っています。この地域では当たり前のことも都会の子どもたちには(いや、若い大人にも)貴重な体験になるはずです。
そのようなことも地域資源として活かしていきたいですね。